星野文昭追悼絵画展

沖縄闘争を闘い無実で獄中44年 星野文昭 追悼 絵画展 八王子中央図書館・地下展示室 入場無料 (八王子市千人町3丁目3−6 JR西八王子駅北口より徒歩3分) 7月23日(火)~29日(月) 23日(火) 12時~午後6時 24日(水) 10時~午後6時 25日(木) 10時~午後6時 26日(金) 10時~午後4時 27日(土) 10時~午後6時 28日(日) 10時~午後6時 29日(月) 10時~午後3時 詩の朗読会 ●7月24日(水) 午後2時~ ●7月27日(土) 午後2時~ 主催 三多摩星野文昭絵画展実行委員会 星野文昭さんの闘い引き継ごう 沖縄基地撤去を求めた星野さん 星野文昭さんは1971年、基地を固定化する沖縄返還協定反対のデモにリーダーの1人として参加。デモ隊との衝突で機動隊員1人が死亡した事件の「実行犯」にデッチあげられました。最高裁で無期懲役刑が確定し、44年間、投獄されました。星野さんは一貫して無実を訴え、獄中結婚した暁子さんや家族とともに、再審を求めて闘ってきました。 獄死は国家権力による殺人だ 星野さんは今年4月、肝臓がん手術のため、徳島刑務所から昭島市にある東日本成人矯正医療センターに移監されました。しかし手術後に容体が悪化、5月30日夜、帰らぬ人となりました。仮釈放を求める大きな声が上がり始めた矢先でした。 星野さんは昨年8月、右腹に経験したことのない痛みを覚えて倒れました。星野さんと家族は検査と医療を要求しましたが、徳島刑務所は放置しました。今年3月、ようやく行ったエコー検査の結果も隠し、仮釈放を不許可にしました。がんが肥大化し振動による破裂の恐れがあるなか、車で10時間も拘束して移監しました。医療センターはセカンドオピニオンを拒み、手術でも十分な態勢を取りませんでした。すべてが国家権力による殺人です。 国の責任追及し、再審無罪かちとろう 容体が悪化した後も2日間、星野さんは最後まで生きるために闘いました。暁子さんは文昭さんが危篤になって初めて手を握り合いました。 無実を訴える星野さんを44年も拘禁し、獄死させた国家権力を絶対に許せません。おつれあいの暁子さんとともに再審無罪・国賠訴訟をかちとりましょう。ぜひ一緒に声をあげてくださ...